物忘れと痴呆の違い

※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです

Q:家族が最近認知症と診断されました。認知症の治療や介護に関して気を付けることはありますか?

まず、認知症とはどんな病気かご存知でしょうか?以前は痴呆症と呼ばれ、現在は認知症という病名の症候群です。専門家が本人、その人物をよく知って いる家族や介護人から情報を集めながら、文字通りいろいろな症状を過去の他の病歴やその人物の性格や行動の変化なども含めて総合的に診断するものです。血 液検査、MRIやCATScanなどの結果のみで、認知症を診断するということは現状ではできません。具体的な症状は後述したもの以外に、知的能力ならび に記憶力・判断力の低下、言葉の口述・理解能力の低下、そこからくる極度の不安、苛立など感情の起伏の増加、患者さんによっては被害妄想、幻覚を起こすこ となどがあります。

さて、質問されている物忘れと認知症の違いについて紹介したいと思います。

中高年、高齢者の方に物忘れがでてくるのは、ごく自然なことです。物忘れの場合、まずご本人が物忘れをしたという事実を把握し、具体例を自分で挙げること ができます。忘れる内容は、ひとつの出来事の一部で、出来事すべてを忘れることはありません。つまり、逆に言うと認知症の方は出来事全体の記憶がなく、も ちろん記憶がないのですから自覚もありません。例としては、物忘れの方は今日の朝食の飲み物が何であったか思い出せないかもしれませんが、朝食を摂った事 自体は覚えています。認知症の方は朝食を摂ったにもかからわず、その出来事自体が全く記憶にないので、再度朝食を要求したり、朝食を摂らなかったと不満を 周りの方に話します。

言葉がなかなか出てこないということはありませんか?毎日使わないけれど、時々使うような単語が、頭ではわかっているはずなのにすぐに言葉にできずに、そ の代わりにその言葉の説明をするようなことも物忘れの枠にはいるでしょう。しかし、認知症ではこの頻繁性が非常に多く、日常で使うような言葉の使用が難し くなり、結果的に会話をすること自体、難しくなり、イエス・ノーといった簡単な質問には応えられても、自らが会話のイニシアティブをとる機会が減少しま す。

行ったことのない場所への行き方を聞いて、それを理解するのに苦労するということもあるかとは思いますが、これも年を重ねると自然な現象です。しかしなが ら、慣れ親しんでいるはずの近所や、頻繁に通っている場所に行く途中で迷子になったりすることは認知症の前兆である可能性があります。

ここまでの症状をみただけでも、認知症を持つ方が社会的に孤立し、不安・苛立・被害妄想が増加してしまうということは理解しやすいのではないでしょ うか?想像してみましょう。もし朝食を摂ったかどうかの記憶が全くないと考えただけでも不安になりませんか?ましてや、その他にも会話をするのが億劫にな り(社交的孤立)、近所へ買い物に行くのも迷子になるかもしれないと心配になるとしたら苛立も起こるでしょう。周りの人と自分の信じていることが頻繁にか み合わないとしたら、周囲の人を疑う(被害妄想)ようになるのも当然です。

高齢者の認知症が、実際に兆候が出始めてから診断されるまでに時間のかかる事例は頻繁にあります。その理由は一般的にですが、ご自身も物忘れだと思って重 大な問題が起こるまで話さなかったり、一人暮らしの高齢者の変化に気づく周囲の人がいなかったりすることがひとつ。また、懸かりつけの家庭医はすぐに対応 出来る明らかな症状の治療を優先することが多く、外来で限られた時間内での診断が難かしいということもあります。患者本人も症状に気付いていない、もしく は恥ずかしくて医者に話せなかったりすることも、認知症の診断が難しい理由です。

重大な問題とは、月々の家賃・光熱費・クレジットカードの支払いの遅延、銀行の残高管理にミスがなどが頻繁になり、最終的に賃貸住居からの立退き、電気や 水道が停止、銀行口座に預金が全く無くなってしまったり、持病の薬を飲むのを忘れてその病気が悪化したりと例をあげればたくさんあります。ご家族の方や周 りでその方との信頼関係がある方などが、日常生活をその高齢者がどの様に過ごしているか、最近気づいた問題などがないかなど、ここに挙げた例を参考にゆっ くりと時間をかけて相談にのれるような機会を作ることが早期発見には大切だと私自身は感じています。ご心配な場合は、前兆や変化の説明できる方と同伴で家 庭医または高齢者精神科医など専門家に相談するのがよいでしょう。

著者:上田大二郎

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