意外に身近な人身売買 ①

※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです)

今年4月、カリフォルニアのある農業労働者派遣会社が人身売買の疑いで摘発されました。被害者は200人以上のタイ人で、派遣された場所にはワシントン州の農場が含まれていました。人身売買と聞いて、皆さんはどのようなことを思い浮かべるでしょうか。悪いこととは思うけれど、あまりピンとこないと思います。経済的に貧しい国でのこと、強制労働、売春?と思われる方も多いでしょう。人身売買とは、社会的に弱い立場の人を脅したり騙したりして、その人の意思に関係なく労働を強要し、正当な報酬を与えず搾取し、第三者が不当に利益をあげている状況です。被害者の採用、移動、蔵匿、監視、労働、一連の過程を人身売買といいます。世界のほとんどの国が何らかの形で人身売買のプロセスの一部分となっています。被害者は意外と身近にいるかもしれません。

人身売買とは?

人身売買が行われる業種は、売春、家政婦、農業労働、レストラン、工場など多種に渡ります。被害者は言葉巧みに仕事を紹介されます。家族の知り合いなど、信頼している人からの紹介で、「町に行って衣料工場で働いたら、仕送りできる」「学校に行かせてあげる」などと言われたとします。いざ目的地に到着すると、ブローカーは借金を課し、その返済を要求します。この借金は利子や(被害者の)転売、その他様々な罰金などが加算され、1度このサイクルに陥ると返済することはほぼ不可能です。あるいは、レストランで働くと言われたのに売春をさせられたりすることもあります。嘘の約束だったとわかったけれど、家族に危害が及ぶことを恐れて逃げられない。このような状況が人身売買です。未成年(18未満)への買春行為は児童買春であり、児童の場合、脅しがなくても人身売買と見なされます。

冒頭のタイ人農業労働者のケースの場合に戻りますと、被害者たちは派遣会社の紹介によってアメリカでの就職を約束され、季節労働者として働くビザで合法的に入国しました。アメリカに来てみると、パスポートを没収され、賃金はろくに払われませんでした。ある人は渡米前に1万8000ドルの斡旋手数料を求められたので家族が家を売るなどして支払いました。あるい人はタイにいる家族が財産を失うのではないかと不安で、不規則な労働時間と賃金でも必死で働きました。文句を言えば「強制送還」すると脅されました。農場から外に出ることが許されず不衛生な場所での生活を強いられました。ときにはボディーガードに監視され、逃亡することができないようになっていました。

被害者は外国人だと思われがちですが、外国人であるかどうかは関係ありません。付き合っている彼から売春を強要され、報酬を取られ、嫌だと言うと暴力を振るわれて逃げ出せなくなる状況もあります。アメリカにおいて、若いアメリカ人に多い被害が売春の強要だと言われています。実際に今年2月、タコマで未成年者売春で利益をあげていた容疑で逮捕者が出ています。ニューヨークタイムズのニコラス・クリストフ氏は、売春の被害者は、本当は犯罪の被害者であるにも関わらず、家出少女と見なされ、同情されないことが多いのではないか、と懸念しています。

たとえば、ある人がネイルサロンで時給1ドル、一日15時間働いているとします。この労働条件は違法です。これが苦痛で、自分で辞められる人は被害者ではありません。しかし、借金を返すまで辞められない、言われたとおりにしないと暴力をふるわれる、パスポートなどを取られている、経営者が自分の家族と知り合いなので怖い、などの理由で逃げるという選択のない人が人身売買の被害者です。

人身売買はどれほど深刻な問題なのか?

ワシントン州にはそんな犯罪は少ないだろう、と思っていらっしゃる方もいるかもしれません。残念ながら、この地域は加害者にとって好都合な条件が整っています。
・カナダ国境に近い
国籍によっては、アメリカに入国するより、カナダに入国する方が容易なことがあります。その場合、最初にカナダに入国させ、そこから強制的、あるいは騙してアメリカに密入国させることができます。
・産業が多い
ワシントン州の西部にはシアトルを中心とした都市があり、東部では農業が盛んです。
・移動の利便性
メキシコ国境からカナダまで南北を結ぶ高速道路があります。港もあります。

ワシントン州は、議会が2003年に全米で初めて人身売買を罰するための法律を制定していて、その防止や被害者救済への取り組みに早くから着手しています。人身売買の被害者の正確な数は把握できていません。ILO(国際労働機関)の推定では現在の被害者総数は240万人とされています。アメリカ国務省の報告書によると、年間70万人が国境を越えて売買され、そのうち80%が女性で、50%が子どもだと推定されています。そしてその仕組みは一層複雑となり、解決困難な問題となっています。

日本では?

日本の状況を見てみると、「日本で稼いで仕送りをしたい」と外国から仕事を求める人を騙す犯罪が後を絶ちません。人身売買を罰する法律は2005年に制定され、取り締まりは厳しくなっています。それ以前は個々のケースによって誘拐罪などが適用され、重大な犯罪の割りには加害者への罰が軽かったり、被害者が不法就労によりすでに強制送還され、その証言が取れなかったり、深刻に対処されていませんでした。
外国から改善を求められているのが外国人研修制度です。制度とは母国で習得することが難しい技術を日本で学ぶ制度です。国際協力につながる制度である一方で、賃金格差を背景に、研修生に安い給与で規定以外の作業をさせてコストを抑えたり、日本人が敬遠する3K(「きつい」「汚い」「危険」)労働を研修生にさせたり、なかにはパスポートを取り上げて逃げられないようにしてから劣悪な環境で仕事をさせる悪質な事例もあります。研修生も出稼ぎくらいに考えていたり、双方の利害関係が一致している場合もあり、厳しく取り締まっても不正が絶えないようです。
その他ニュースで目にするのが、フィリピンやカンボジアで、日本人男性が少女を買春し逮捕される事件です。幼い子どもならエイズの心配がないと、少女に性交もしくは類似の行為をすることは児童買春であり犯罪です。少女たちは相手をしないと雇い主からひどい暴力を受け、身体的にも精神的にも深い傷を負います。人身売買とは命の危険をともなう人権侵害です。

参考
Chelsea J. Carter and Traci Tamura, “Federal agency files large human-trafficking suit[連邦機関による大規模人身売買訴訟]”, CNN, April 22, 2011.
Nicholas D. Kristof, “What about American girls sold on the streets?[アメリカの少女が路上で売られていたらどうなのか]”, The New York Times, April 23, 2011.

著者:伊藤 悦子

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