意外に身近な人身売買 ② ー 被害者の支援

※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです)

「今は勉強ができるので、未来があります。パン屋さんやお菓子屋さんになりたいです。」エレナ(仮名、性的搾取を受けていたところを2005年に救出された)~IOM(国際移住機関)ウェブサイトより~
6月1日号のコラムでは、自分とは関係ないと思われがちな人身売買が身近に起こり得る実態に関してお伝えしました。今回は被害者の支援について紹介します。

被害者の実情

人身売買の被害者は外国人とは限りませんが、外国人の方が助けを求めるときの障害が大きいことは確かです。英語を理解するか。警察を信頼できるか。知らない土地の人を信用できるか。答えは「ノー」が多いです。とくに政治的に不安定な国から来た人は、公的機関を信頼することが困難だと思われます。祖国の家族が加害者と知り合いの場合もあります。信じられないかもしれませんが、自分がどこにいるのか、アルファベットが読めず、まったくわからない被害者もいるのです。業者への取り締まりが厳しくなる今日、被害者は自分が利用させられると知らずに結婚して合法的に入国し、人身売買の状況に陥る、ドメスティックバイオレンスと人身売買が重なるようなケースが増えていることも聞きます。どの場合も、相手をコントロールして儲けようとする加害者に責任があります。

被害者が外国人の場合、不法滞在者と勘違いされることがあります。不法滞在とは当人の意思で在留資格がないまま滞在し続ける行為で、国家に対する犯罪です。密入国はその手数料を払うことはあっても、入国した時点でブローカーとの関係は終わります。国境を越えた人身売買の被害者は不法滞在者となることがありますが、入国後もブローカーとの関係が維持され、本人の意思に反した労働が伴う点で異なります。自分から望んで不法滞在になったのか、外見から判断することはできません。

なぜ彼らは助けを求めないのでしょう。それは常に被害者が監視下にあるからです。被害者が支援者と会えたとしても、事情を話すのは難しいことなのです。加害者は被害者の近くにいるかもしれないし、被害者やその家族の知り合いの場合もあるし、どこの誰かよくわからないこともあります。問題がどのくらい深刻かは誰にもわかりませんが、被害者が受けている脅しは決して冗談ではなく、事態を軽視するのは危険です。

世界での取り組み

世界ではユニセフ、IOM(国際移住機関)やポラリスプロジェクトなどの多くの国際援助団体が、政府や他の機関と協力し、主に国境を越えた人身売買の被害者支援、加害者の訴追、そして防止に向けた教育活動を行っています。世界各国では人身売買が深刻な人権侵害であるという認識のもと、法整備が進んでいます。近年はニュースに取り上げられたり、ドキュメンタリー映画が作られたり、有名人や企業が活動を支援をしていたり、と人身売買について聞く機会は増えていると思います。私が性暴力の相談員をしていた頃、学生によく質問を受けたのが人身売買の問題でした。

ワシントン州での取り組み

前回お伝えしたように、ワシントン州議会は全米で初めて人身売買を罰する法律を制定しています。そして被害者を救済している組織として、WARN(Washington Anti-Trafficking Response Network)という関連団体の連携があり、アジア系移民のサポートを行う非営利団体API Safety CenterとReWAが参加し、被害相談に応じています。実際には、相談員が被害者のニーズを聞き、どのようなサービスが受けられるのかを話し合い、住居や食事の問題から、カウンセラー、弁護士などを見つけることまで、被害者が問題をひとつずつ解決するのをサポートします。これらの民間団体は検察官や移民局と連携し、被害者が安全に合法的に滞在し、事件の全容をできる限り明らかにすることを支援します。複雑な問題の絡むケースを扱うためには、官民の協力が欠かせません。この協力関係がないと、被害者が不法滞在者と見なされる恐れがあります。WARNは警察や弁護士など、被害者救済に関わる人々へのワークショップなども行っています。

皆さんができることは?

冒頭に紹介したエレナさんのように、助け出され、自分の力を取り戻す人もいます。ある人が被害を受けているのではないかと思ったら、次のような項目に注目してみてください。

  • 仕事場を離れることを許されていない
  • 暴力を受けている、脅されている
  • パスポートなどの重要な書類を持っていない
  • 正当な報酬を受け取っていない
  • 長時間労働している

これらが当てはまる場合、その人が被害を受けているかもしれません。その際は関連団体や警察に相談するのが良いでしょう。

不法滞在になった被害者は、犯罪被害者が捜査に協力するためのビザを取得できる可能性があります。ケースによって対処が異なりますので、移民法に詳しい弁護士と話すことが重要です。
支援団体の相談員は被害者と話し合い、外国人の場合なら帰国するのが良いのか、帰国前、帰国後にどのように安全を確保しながら自立していくか、個々の状況に応じてプランを考えます。とくに性暴力の被害者は精神的に大きなダメージを受けていることが多いです。問題解決には非常に長い時間がかかります。相手と自分の安全も考え、一人で助けようとせず、専門機関のサポートを受けることが大切となるでしょう。

参考

Tiffany Ran, “People for sale? – Part 1 of 2: What’s often left unsaid and unreported in the world of modern slavery[「人、売ります?」パート1:現代奴隷の世界で言われずにいること、報告されていないこと] ,” Northwest Asian Weekly, February 17, 2011.
Tiffany Ran, “People for sale? — Part 2 of 2: Changing how we see modern slavery[「人、売ります?」パート2:現代奴隷の見方を変える] ,” Northwest Asian Weekly, February 24, 2011.

国内外の被害者支援が広がる一方で、人身売買がなくならないのは、なぜでしょうか。
個々の事情は異なりますが、背景にあるのは世界的な経済格差です。日本やアメリカのように、多くの人が健康で十分な教育を受けられる社会がある一方で、世界には貧困に苦しむ人がたくさんいます。戦争が続く地域もあります。大規模の自然災害に襲われ、保護者や住む場所を失う人もいます。そのような状況にある人たちが、ときにはリスクを承知で、別の場所で働くことを望んで何が悪いでしょう。人身売買の加害者はそこにつけ込みます。
武器や麻薬の売買は、一度使ってしまえば終わりです。人は繰り返し搾取でき、莫大な利益をあげることができます。また、今日の価格競争には、益々安い労働力が必要となっています。人身売買とは被害者以外の誰もがその恩恵を受け得るシステムです。今や人身売買は、武器取引や麻薬取引の利益に迫るビジネスと言われています。解決方法の見えない問題ですが、活動団体はさまざまな情報を発信しています。興味を持たれた方は調べてみてはいかがでしょうか。

WARN (Washington Anti-Trafficking Response Network)
warn-trafficking.org
24時間対応のホットライン (206) 245-0782

ドメスティックバイオレンスや性暴力の被害相談とともに、人身売買被害者のケースマネージメントを行っています。
API Safety Center (Asian and Pacific Islander Safety Center)
www.apisafetycenter.org
(206) 467-9976

ReWA(Refugee Women’s Alliance)
www.rewa.org
(206) 721-0243

低所得者を対象に移民関連の法律相談に応じています。
Northwest Immigrant Rights Project
www.nwirp.org
(206) 587-4009 または (800) 445-5771

著者:伊藤 悦子

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