日本の介護事情②

※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです)

前回は日本で介護保険制度が導入されるまでの社会背景や、導入後10年で介護現場がどのように移り変わって来たのかをご紹介しました。今回は実際に今、日本に有る「介護保険が使えるサービス」、「保険外サービス」、「自治体によるサービス」と、それらのサービスが運営されるための法的背景などをご紹介します。

老人福祉法から介護保険法への返還

日本では第二次世界大戦から約20年後の1960年代に、年金や医療の国民皆保険体制と、社会福祉制度に対する法律(福祉六法)が整いました。高齢者福祉では1963年(昭和38年)に『老人福祉法』が初めて制定されたのですが、施行当時はまだ貧困対策の色彩が濃いものでした。続く70年代初頭には右肩上がりの経済成長のもと、老人医療の自己負担無料化が実施され、しかし半ば以降は、高齢者の医療費増大による財政圧迫が大きく問題となりました。その打開策で1982年(昭和57年)に「老人保健法」を制定し、老人医療費を有料化したものの、政府の予想を遥かに上回る勢いで高齢化が進んだため、その医療費はさらに伸び続けて深刻化して行きました。90年代からは介護を医療から分離し、社会で要介護者を支える仕組みの構築が進められ、1997年(平成9年)には『介護保険法』が、3年後には介護保険制度が発足されました。また、現在でも医療制度の改革は試行錯誤を重ねていて、2008年(平成20年)の後期高齢者医療制度の発足に伴い(2012年廃止予定)、従来の「老人保健法」は『高齢者の医療の確保に関する法律(高齢者医療確保法)』へと改称されています。

こうした歴史的背景をふまえ、現在、日本の高齢者福祉では「介護、長期療養、介護予防」に関しては『介護保険法』を優先適用し、「急性期医療、高度医療を要する療養、疾病予防」が必要な時には『高齢者医療確保法』を適用するという原則になっています。そして緊急時や、やむを得ない事由により介護保険の利用が著しく困難な場合や、より手厚い給付が必要な場合には(例えば高齢でホームレス、身寄りがない、被虐待者、障がい者など)、『老人福祉法』、『生活保護法』、『障害者自立支援法』などが随時に用いられています。

介護保険が使えるサービス

介護保険内で提供されるサービスは利用者が利用料の1割を負担し、残り9割は介護保険から事業者に支払われます。保険内サービスと規定されるものには、在宅系サービス17種類が有り、この中には自宅訪問型6種(看護/介護/入浴/リハビリ/往診/夜間早朝巡回)、事業所への通所型4種(社会参加目的/リハビリ目的/認知症専門/療養目的)、1-30泊までの短期滞在型3種(生活施設/リハビリ施設/療養施設)、マルチ利用型1種、それに福祉用具のレンタル(12品目)、福祉用具購入費の支給(5品目)や、住宅改修費の支給(5箇所の工事)などが含まれます。民間企業が提供するサービスには、保険内サービスと保険外サービスを組み合わせたものも有ります。一方、介護保険内での施設系サービスには規模や目的別、それに運営する団体の種類などによる分類をすると、8種類に分けられます。施設のタイプによっては「介護保険法が優位適用」されるために、入居中は医療保険が使えなくなるものも有ります。また、介護給付(要介護認定者)のみが使えて、介護予防給付(要支援認定者)が利用できないものも有ります。さらに最近では、政府の管轄が異なるタイプの高齢者住居が新たに生まれています。介護保険施設のほとんどは厚生労働省が管轄しているのですが、新たに保険外施設として国土交通省の管轄のものや、厚生労働省と両省で管轄する高齢者専用住居が建設されています。介護保険外のものでは、介護が必要になったらケアマネジメントも含めて外部から介護サービスを取り入れることになります。

保険外サービスと民間企業の参入

以前の『老人福祉法』による行政主導の時代には、どこにどんな施設が有るのか、その内部の様子なども一般の人が知る機会はなかなか有りませんでした。介護保険制度導入後は、民間企業の参入により、利用者獲得のための営業活動が非常に活発になり、それぞれの事業所へのアクセスが大変容易になりました。特に通所系や施設系事業所では、写真入りホームページは勿論のこと、公民館や病院の待合室、保健センターなど、お年寄りが集まりやすい場所にパンフレットを置いて、事業所内部や食事、クラブ活動、リハビリメニューなどを紹介したり、新たに開設する前に内部見学会が開かれ、利用体験ができる所もあります。また、一般の人が参加できる文化教室や季節行事などを開催し、お元気なうちから事業所の環境に慣れ、スタッフや他の利用者とも顔馴染みになってもらうことで、要介護状態になった時の新規契約につなげて行く、言わば「青田刈り」的営業手法も行われています。この様に、今ではその気になればいつでも事業所の情報を簡単に入手することができるようになっています。

自治体の試み

また近年、「地方再生」を進める動きが強まる中、全国の市町村では国が決めた基本的な介護サービスだけでは手薄になりがちな部分を穴埋めするため、それぞれが創意工夫した独自のサービスを「市町村条例による特別給付」として実施しています。これらの福祉事業には2種類有り、一つは介護保険で決められているサービスを、より充実化させるもので「上乗せサービス」と呼ばれています。特に保険料に近隣との格差が見られる地域では、解決策として「上乗せサービス」を提供する自治体が増えています。もう一つは介護保険には無い新たなサービスを給付するもので、「横出しサービス」と言われます。例えば寝たきり高齢者世帯を対象に、家庭/粗大ゴミの収集、介護している家族の村内宿泊施設利用料助成、寝具の丸洗いサービスなどがあります。介護サービスの充実や手厚い給付は住民満足度にもつながり易く、「全国住みよさランキング」や「行政サービス満足度ランキング」などにも大きく影響するため、各自治体では住民による話し合いの機会を設けるなどして、地方色豊かな数多くの事業を展開する努力が続けられています。

著者:上岡芳葉