介護する人の心構え 2

※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです)

海外に住む日本人にとって、日本に住む親の病気や介護は、大変心痛い問題です。今回は日本で歯科医師を経て、介護付有料老人ホームで施設ケアマネージャーとして活躍され、現在は、ワシントン大学歯学部に研究員として留学されている上岡芳葉さんに、海外に住む私達ができる、日本の親の介護についてお話をお聞きしました。

 

――こちらに住む人達ができることで、最も大切なことは何でしょうか?

上岡:そうですね、一番肝心なのは、介護が必要になった時、親御さんが、ヘルパーさんに家に来てもらうなどの在宅介護を望んでいるのか、それとも施設に入ることを望んでいるのか、という「親御さんの意志を聞く」ことが先決です。いざ、転倒したり病気になり何らかの介護が必要になった時、急いで決定を迫られて、本人の望まない結果になると本人も家族も辛い思いをします。
一時帰国されたとき、親御さんと共に、地元にどんな介護サービスや病院があるのか「一緒に見学に行く」こともとても大切です。海外に住んでいる人は、いざという時、すぐに行ってあげられない、日本のきょうだいに任せるしかない、などのジレンマを感じることが多いと思います。日本では「喪服の準備は、親族が元気なうちに」と言われるように、親御さんがまだ元気だから、自分の意志で自分の介護のあり方を決定できるから、一緒に見たり考えたりすることが大切なのです。「ここならいいね」と親御さんが望むことがあれば、それを心に留めておくだけでも、親子ともに心の準備ができるのでいいと思います。

――アメリカにいてもできることはあるでしょうか?

上岡:親御さんの地元の自治体のホームページで、介護保険を使ってサービスを受けるまでの手順、特に「介護保険要介護認定申請書」をご覧になってみてください。それは介護保険を使って介護を受けるための、第一歩の書類で、その中には主治医の住所や電話番号や名前を記入する欄があります。その主治医が次に「意見書」と呼ばれる書類を提出し、認定調査があり、介護認定審査会にかけられ、認定結果の通知が来て、ケアプランが作成され、その後でやっとサービスの利用という手順があります。介護は必要になったが主治医が誰かもわからない、という状態だと、これらの手順は大幅に遅れてしまうことになるので、予め、親御さんのかかりつけ医の情報は知っておくべきでしょう。

――親にそういうことを言ったら、「私は大丈夫」とか「子供には面倒をかけない」と言われて相手にされない気がしますが・・・

上岡:確かに日本のお年寄りの中には自立心が強く、ひとり暮らしの方もたくさんおられます。しかし、現実には、一旦、病気や怪我で入院をすると、それから一気にガクっと気力も体力も落ちてしまい、元気で自立していた方ほど「もうどうでもいい」「死にたい」などと言うようになってしまうことが多いのです。だから、「今は、お母さん(またはお父さん)は元気で大丈夫だから心配はしていないよ。でも、先のことを考えると、私が心配だから、一緒に見てみようよ」というふうに話を持ち出してみてはどうでしょうか。

――こちらに住む人で、日本の親の介護に関して、きょうだいと揉めたり喧嘩になってしまうケースがあります。こういう場合のアドバイスはありますか?

上岡:日本でも見られる問題ですが、実際に介護をしている人の大変さを理解できないきょうだいが、介護人を責めたり、批判したりして、きょうだい仲や親子仲が悪くなってしまう、最悪の場合はお互いが恨みを抱いてしまうというケースがあります。例えば日本の施設では、施設外の医師にかかる場合、施設の職員がお年寄りをクリニックや病院に連れて行くことは原則としてできません。送迎だけなら別料金でできますが、医療方針や薬の選択などを医師に聞かれても、決定ができるのは家族だけだからです。お年寄りは体調を崩しやすく、内科を始め皮膚科、眼科、耳鼻科などにも通院が必要となると、家族にかかる負担は大きくなります。特に仕事を持っている方は、そのたびに仕事を休んだり早退しなければならず、職場で肩身の狭い思いをしたり、休職を迫られる人も多いのです。また、車椅子の修理、座席が回って乗降りが楽な車など、介護保険ではカバーされない出費はかさむ一方です。

要介護認定も定期的に更新が必要で、その他諸々の申請のたびに膨大な書類が必要になり、その労力も大変なものです。

だから、きょうだいで介護をしてくれている人には、全面的に信頼してお任せしていただきたいです。なかなか難しいことですが「お金出して口出さず」で、主介護者には感謝し、金銭的な側面は援助する、ということです。例えば、介護経費を主介護者を除いたきょうだいで負担し合ったり、きょうだいが二人ならこちらがほとんどを負担するというようなことができればいいと思います。
お金のことは頼みにくいし、聞きにくいものです。

特に嫁の立場の人からは難しいです。だから、皆さんの方から介護保険の明細書を見せてもらったり、施設に問い合わせて経費を聞き、積極的に関わることでいい結果を得られると思います。時には「あなたが心配だから、温泉にでも行って少しは休んでね」と、親御さんにではなく、主介護者にお金を送ってあげるのも、介護している身とすると嬉しいでしょう。そういうことが話し合えるよう、「きょうだいとのコミュニケーションを良くする」ことも大切です。

――アメリカに親を呼び、こちらで老後を看るというのはどう思われますか?

上岡:高齢者には国をまたいでの移住は大変です。それまでの生活から切り離され、知り合いもいない、行くところもない、一人では出かけられない、馴染んだ風景や文化がない、などが影響し、移住をしてすぐに認知症が始まってしまうというケースも多いのです。まずは、地元でのサービスや制度を手を尽くして調べられたほうがいいでしょう。どうしても、移住という場合は、移住後の準備を周到にされることをお勧めします。特にアメリカの健康保険は複雑なので、費用のことや、何がカバーされて、何がカバーされないのかなど、専門家に相談してよく理解しておく必要があると思います。

インタビューを終えて

海外に住む私達の中には日本の親の老後について、いつまでも元気でいて欲しい、まだ大丈夫だなどと、「いざという時」のことを考えずに先延ばしにする傾向があることがわかりました。今はインターネットで何でも情報が手に入る時代です。先延ばしにせず、今からできることをやっていくことが、親孝行になり、それが結局、自分のためにもなるのだ、ということがしみじみとわかったお話でした。来月は上岡さんによる「日本の介護事情」の記事が掲載されますのでお楽しみに。

著者:角谷 紀誉子