戸建て?マンション?自立型施設?〜 「シニアライフの住み替え」について考える

※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです)

「この夏、久しぶりに日本に帰ったら、父や母の『老い』が急に気になって……」と、これから本格的に、親御さんの老後計画に取り組もうかと考え始めた方もいらっしゃるかもしれません。今、日本では「終活」という言葉が使われ、より良いエンディングライフを準備するための様々なイベントや、情報発信が盛んに行われています。認定資格を受けた終活カウンセラーや、法律の専門家などによる相続、遺言、保険、葬儀、墓、介護、健康などに関するセミナー、「オヤノコトエキスポ」など、快適シニアライフのための包括的情報紹介イベントも大規模に開催されています。さらに、「元気なうちにしっかり準備」と、死装束のファションショーや葬儀フェアなど、これまでとは違った視点で「死」に向き合う取り組みも行われています。

そんな中、自分達で生活できる高齢者の場合に、老後生活設計の手始めとして、自宅を売却して、交通や買い物に便利な場所にある、手軽なマンションや施設に住み替えを考える人が増えています。そのため今回は、そうした場合に起こり得る問題や、その注意点についてご紹介します。

「自宅を売り、そのお金で母が駅に近くて便利の良い所に小さなマンションを買って住めばいい。母の財産は、全て母自身のために使ってくれたら良い」と、考えているA子さん。母親にはすでに何度かその話をしています。母親は家を売ることには、本当はあまり乗り気ではありません。でも、「せっかく娘が勧めてくれているのだから」と、娘の気持ちを気遣い、「考えてみるね」と言っています。

Bさんの両親は今年はじめ、自宅で空き巣被害に合いまいました。心配したBさんら兄妹は「一軒家は危ないから」と、両親を説得して近くのマンションに住み替えさせました。両親はあと数年は自宅で暮らせると思っていたのですが、「子供らに逆らうのはよくない」と、住み替えに同意しました。

引越し後しばらくは、「便利、楽しい」と言っていたものの、半年ほど経った頃、父親が倒れて心臓の手術をすることになりました。Bさんは、「今から思うと、家庭菜園が大好きだった父には、マンション暮らしは負担だったかな……」と、申し訳なく感じています。

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住み替えにまつわる様々な悩みを抱えて相談に来られる多くの高齢者や、ご家族からお話を伺って感じるのは、「親御さんが決意するための理由が十分に出揃っていないのに、子ども側先行で住み替えの話が進んでしまい、引っ越し後に悔いる人が多い」ということです。

そこで、引っ越しを決めてしまう前に、もう少し時間を掛けてご家族で住み替えの意味を考えたり、親御さんの「本音」を聞き出す努力をなさるよう、お勧めしています。しかし問題は、親御さんご自身でも「自分が本心、どんな暮らしを望んでいるのか」分かっていない場合が多いことです。

高齢になって思い出と愛着の有る「我が家」を離れるということは、たとえ町内であってもご本人にとっては辛い結果になるケースがとても多いです。若い世代にとってマンションは、「施設入居と違い、手軽な住み替え」と考えがちです、しかし、実際には高齢者にとってはどちらも同じくらいに負担になります。ご本人達もそうなってみるまで想像もつかなかった「後悔」が後から湧き起こるからです。

初めは「便利でハイカラな所だねえ」、「私と同年代の人も結構いるんだねえ」、「良い所に入れてもらえて良かったよ」など、お年寄りも本気で喜び、新たな生活の良いところを見つけようと一生懸命努力なさいます。でも、引っ越しの片付けが一段落し、手伝いの子ども達も帰ってしまい、やる事が無くなってしまうと状況は一変します。

「夕方に閉める雨戸の重み」、「トイレの扉がキシむ音」、「窓から見える雲の高さ」、「縁側の風が肌に心地よい感じ」、「玄関口の草むしりする時の土や草のにおい」など、本当にたわいもないけれど長年、五感に刻み込まれた記憶が妙に鮮明になり、悲しいくらいに懐かしくなってしまうのです。それで「もう、あそこには戻れないのか……」と、本当にガッカリして、大抵は身体に不調をきたします。

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何が違うかのと言うと、戸建ての生活では思っている以上に「用事」があるのです。その「忙しさ」や「選択する」ことが、「まだまだお元気」な高齢者には必要なのです。「あれをやっとかんと、いかん」という責任感と、「何を先にやろうか」と選択する。その隙間に日課を組み込み、時間を区切って生活にスケジュールが生まれます。

一方、マンションや施設生活では、管理人さんや職員がいて、廊下の掃除も園芸も電球交換もみんなやってくれます。雨戸もない、ゴミ当番もない、外に出ずとも過ごせます。そうなると日課すら「いつでもやれる」と、生活全体が「なし崩し」になります。まるで独房で受ける、終わりのない「反省」のお仕置きのように、何もすることのない膨大な時間だけが押し寄せます。

大抵は、「自分はもう、この世で必要とされていないんじゃないか」と、不安になって相談に来られます。だから住み替えには、後からジワジワと後悔が出て来ても、それを上回るだけの歴然たる理由が、ご本人の中に根付いていることが重要です。

例えば、
「家の老朽化で雨漏りやカビの問題が起こり、住むには絶対に危険だった」
「いつも送迎を依頼していた友人が亡くなり、公共の交通機関もないので、出かけられずに困っていた」
「療養のために、どうしてもこの病院に近い方が良かった」
「これからは子どもに世話になるって自分で決めて、子どもの近くに来たんだ」
「冬のすきま風で喘息になって、1人だと怖いから毎年春まで入院が必要だった」
「看護婦さんが毎日様子を見に来てくれて、いざという時には直ぐに介護してもらえる所の方が安心だから移って来たんだ」
など、高齢者自身が心底「こうするしかなかった」と、納得できる理由です。さらにせっかくマンションに住み替えた場合でも、常時の見守りや介護が必要な事態が起こってしまい、ほどなく施設入居に至ることも少なくありません。このような場合には、ご本人はわずかの期間に2回も辛い思いを味わうことになります。

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日本では現在、高齢の独居者や夫婦のみ世帯への声かけや安否確認、タクシー券やバスカードの配布、介護予防プログラムによる外出機会の創出など、自治体が様々な高齢者支援を行っています。だから、いざという時には外部サービスが直ぐに使えるように、準備を上手にしておけば、自宅生活のままでも、ある程度までは暮らせるのではないかと思います。

もし住み替えるのだったら、自宅生活の「怖さ」や「損失」、「不便さ」にシニア自らが気付いて決心するまで、タイミングを図ることが重要です。また、引っ越し後も変わらず「使命感」や「選択」、「人との交わりの機会」を維持する生活を作り上げることも同様に重要です。

つまり、住み替え前の生活にはできるだけ「未練を残さず」、その後の暮らしにも「後悔する間もないほど」忙しく、充実した日々を演出することが、住み替え成功への鍵になると思います。

著者:上岡芳葉