幸せの老後へのヒント

※この記事は2010年から2014まで北米報知紙上で連載されていたコラムを再掲載したものです)

筆者は、以前、アシステット・リビング(ケア付き住宅)で、ソーシャルワーカーとして勤務していたことがあります。入居者の平均年齢は84歳。入居手続きや各自の介護プログラムの設定、ほかの入居者との問題解決、家族との連絡などを通して、彼らの人生を垣間見ることができました。今回は、筆者の記憶に残った人たちを振り返り、そこに幸せな老後を送るためのヒントがあればと考えてみました。

ポジティブな態度の大切さ

  • Kさんは90歳になって入居した女性。毎食後は散歩をかかさず、手芸や体操などのアクティビティーにも参加してとても元気。
  • その秘訣を聞くと、「私は夫と45年商売をして、70歳まで現役で働きました。仕事は人の命にかかわるものだったので、毎日気が抜けませんでした。3人の子供の子育てとお店とで、息を抜く間もなく、趣味なんて当然持てませんでした。だからこそ、ここに入るときは『これからは人生を楽しもう』と決心したんです」というお話。
  • 施設への入居も自分で探し、実際に娘さんと見学に来て決めた彼女は、髪を染め、しゃんと背筋が通り、どうみても60歳代にしか見えませんでした。
  • 彼女は私にとって最高の人生の先輩になりました。入居者の中には、「これまで人生大変だったのだから、これからは誰かが何かをしてくれるはず」と、受身的な態度を持った人が多く、そんな人たちは、活動にも参加しようとせず、それなのに 「・・・してくれない」、「おもしろくない」と不満そうでした。
  • その中で、Kさんは「前向きな態度の大切さ、好奇心を持つ大切さ」を教えてくれたのです。スタッフもKさんが大好きで、いつもKさんの周りには人がいました。

それまでの人生の延長が老後

  • Sさんは70歳代の男性です。食事の時しか部屋から出ないというスタッフの心配から、彼の部屋に行ってみると、窓のところにポツンと座って外を見ています。話しかけると、昔の仕事や部下のことなどは生き生きと話すのですが、ひとしきりその話が終わると寡黙な彼に戻ってしまいます。
  • 施設のバスでの遠出を誘っても、園芸のクラスに誘ってもだめ。4人の子供に「お父さんを訪問してあげて」と頼んでも誰も来る様子もなく、「自分に電話しないで」と言わんばかりです。
  • 彼らの話では、Sさんは昔はずいぶん厳格な父親で、亭主関白でもあり、死んだ母親は大変苦労したというのです。私が部屋を出ようとすると、Sさんは私にお金を渡そうとしました。理由は「話を聞いてくれたお礼」だとのこと。スタッフだからと断ると不機嫌な表情になったのを覚えています。
  • 仕事では尊敬され成功したSさんですが、若さやお金や権力があったときは人とうまく接することができたけれど、それらを失ったとき、人とうまく接することができなくなってしまったのです。家族には暴君だった長年の態度で、子供からうとんじられるようになったのです。
  • 入居者の多くから、「子供が冷たい」「子供が来てくれない」という話をよく聞きました。しかし、彼らのバックグラウンドを知ると、そうなったのには長い家族の歴史、本人の生き方の歴史があることがわかるのです。
  • 「人生の最終章で自分に起きることは、それまでの自分の生き方に大きく関係する」というのは私が学んだことのひとつです。

他人の情

  • 同じく70歳代のNさんは心臓発作の後、病院から直接施設にやってきました。独身で身寄りがないという病院からの情報だったので、孤独な男性かと思いきや、彼には次から次へと訪問者が絶えません。しかもその中の何人もが「Nさんに何かがあったら、いつでも連絡してきて」と言うのです。
  • 実際、3人の友人が「緊急連絡先」になり、薬が切れた、冬物の洋服がない、と電話すると、すぐに誰かが対応してくれました。ある日、Nさんと友人たちがロビーで談笑している時、彼らに話を聞いてみました。ひとりは20年来の友人で、もうひとりは10年前からのジム仲間。彼らが「いやあ、Nさんには世話になったんだ。これくらいのこと何でもない」と言うと、「もうこいつらには頭が上がらないよ」と笑うNさんがいました
  • 一方、女性0さんの話です。彼女には優しい娘がいるのですが、「娘が来るって言うから『お稲荷さんが食べたい』って頼んだのに、『稲荷は栄養がない。こっちのほうが体にいいから』って太巻きを買ってきたのよ。私はお稲荷が食べたかったのに。あの子はいつもこう」と不満足そうだったことがありました。
  • 同年代の友だからわかる気持ち、わかる状況があります。それをわかってくれる友人を持つことは、親孝行な子供を持つことと同じ重みがある、というのはNさんを通じて学んだことです。
  • 彼らから考えさせられることは多いです。「幸せな老後」は、年をとったら自動的に得られるものではないし、誰かがくれるものでもありません。年齢に応じて生活態度を変えられる順応性、人とのつながりの大切さ、前向きで他力本願ではない態度、そういったものが幸せな老後には必要ではないか、と私は思いました。また、そのための努力はいつからでも遅くない、とも思いました。みなさんはどう思われますか?

著者:角谷 紀誉子